ぼくはふと我に返った。

今まで一体何をしていたんだ?

隣にはなぜか女性が裸で眠っている。

そしてぼくも裸だった。

とりあえずぼくは服を着た。

服を着たぼくは……

 

A.すぐさま部屋を出た。

B.女性を起こした。

C.もう一度服を脱いだ。

あっ!

ぼくは紙が落ちているのに気が付いた。

えーと、なになに?

『ここからが本当の迷路です。マッピングを忘れずに。それから、あなたにコンパスを差し上げます。役に立てば光栄です。──店長──』

ぼくはコンパスを手に入れた。

そして……またいつものようにドアが現れる。

ドアはぼくによって開けられる。

そして中へ進んでいく。

「さあ、行くか!」

なぜかぼくは、この巨大な迷路に挑もうと思った。

まずは……

 

A.さっきの部屋を探そう。

B.フロントを探そう。

C.出口を探そう。

D.レアアイテムを探そう。

道は3つに分かれている。

 

A.東へ進んだ。

B.南へ進んだ。

C.西へ進んだ。

ハア……ハア……ハア……。

まずぼくは最初、裸の女性と一緒に眠っていた。

その時から、このゲームは始まっていたのか。

今まで会ったのは女性1人と犬1匹。

そして謎めいた紙の数々……。

道は……ひとつしかない。

ぼくは仕方なく右に曲がった。

そこには……

 

A.裸で眠っている女性が……。

B.男性の死体が……。

C.犬が……。

D.ラーメンが……。

E.1枚の紙が……。

そうか。

『謎』のフレーズに謎があったんだ。

ただ、この紙を書いた店長の間違いだとは思うが……。

「誰かー!誰かいませんかー!」

……。

……。

返事はない。

ラブホテルなのに……。

「そうだったんですね。犬の着ぐるみを着た“店長”さん?」

しばらくの沈黙の後、着ぐるみの中から出てきたのは、ぼくの予想通り、最初に横で眠っていた女性だった。

「何もかもバレたってわけね?」

「はい。誰もこのホテルにいないのに、最初にあなたがいたのを思い出して……」

「それで犬も疑ったのね?」

彼女はスヤスヤと寝息を立て始めた。

そこでぼくは……

 

A.この部屋をあとにした。

B.今なら……今なら……!

C.またまた彼女を起こしにかかった。

そこには……

 

A.またまた裸で眠っている女性が……。

B.またまた男性の死体が……。

C.またまた犬が……。

D.またまたラーメンが……。

E.またまた1枚の紙が……。

道は二手に分かれている。

ぼくは……

 

A.北へ進んだ。

B.西へ進んだ。

ふと前を見ると、ドアがある。

開けるしかない……。

道は北に向かって伸びている。

ぼくは素直に北に向かって歩き出した。

『さあ、もうすぐ私の出番が来ますよね?──店長──』

くそっ……非常に腹立たしい。

意地でも刺し違えてやる。

ぼくは発狂気味に先へ進んだ。

……というのは別のゲームの話だった。

さてと……

 

A.お遊びは終わりにして、まずはここを出よう。

B.実は本当に迷っていたのだった。

C.出口を探そう。

D.さっきの部屋を探そう。

行き止まりだ。

引き返そう。

道は二手に分かれている。

ぼくは……

 

A.西に向かった。

B.南に向かった。

「何が何だか分からないんです!」

そう、これが説明できる全ての事柄だ。

「キャアアア!」

彼女は我に返って大声をあげた。

もう終わりだ……ぼくは捕まる……。

仕方ない……か……さようなら……。

『ふっ、行くだけ行くがいい。──店長──』

行ってやろうじゃないか!

んで貴様の頭カチ割ったる!

……ぼくは歩き出した。

直感でそう感じたぼくは、そこにいる犬をむやみに触った。

……チャックだ。

ぼくがそのチャックを上げ終わるのと同時に、中から最初に会った女性が出てきて、ナイフでぼくを突き刺した。

い、痛い……くそっ……。

そう思うのがやっとだった。

まあ、今はそんなことはどうだって構わない。

早く、早く店長に会わなきゃ……。

ぼくはドアを開けた。

今度こそ……。

ん?何だ、あれは……。

ぼくは変な人形を手に入れた。

「呪ってやる!」

人形が喋った!

……ぼくは気を失った。

道は3つに分かれている。

ぼくは……

 

A.東へ進んだ。

B.北へ進んだ。

C.南へ進んだ。

そこには……

 

A.またまたまたまたまた裸で眠っている女性が……。

B.またまたまたまたまた男性の死体が……。

C.またまたまたまたまた犬が……。

D.またまたまたまたまたラーメンが……。

E.またまたまたまたまた1枚の紙が……。

そうだ。

ぼくは謎を解くためにここへ来たんだ……あれ?

違う!

そうか!

『そこに謎はあるかもしれません』

そうだったのか!

紙が落ちている。

『この迷路では、1度進んだ所が壁になる場所もあります。気を付けて。──店長──』

ぼくはあまり気にしないことにした。

道は二手に分かれている。

 

A.北へ進む。

B.東へ進む。

「ん?あの部屋かな?」

ぼくは、さっきの部屋と思われる部屋のドアを開けようとした。

……い……痛ッ!

後ろから何者かに殴られ……。

『まだ進むんですか?……来るなら来なさい。──店長──』

疲れてきたが、店長の首をとるまでは死ねない。

ぼくは……歩き出した……。

……くだらない。

なぜこんな選択肢を選んでしまったのだろう。

ぼくは自ら舌を噛み切った。

そしてぼくは……

 

A.北に向かった。

B.西に向かった。

C.南に向かった。

ドアだ。

これが最後の……ドアだ。

ぼくは、ドアをそっと開けた……。

ふと下を見ると、1枚の紙が落ちていた。

ぼくはそれを拾った。

そこには、『ようこそ!ここは不思議なラブホテル!さあ、あなたは無事に帰れるか?』と書いてあった。

ぼくはラブホテルが迷路なのだと初めて知った。

『……。──店……──』

……。

わあ、可愛いなあ……。

ガブッ!

……狂犬病。

呼吸困難になったぼくは、あることに気が付いた。

紙が落ちている。

『もうダンジョンには慣れ……いや、ホテルには慣れましたか?ここからは少し難しくなります。覚悟しておいて下さいね?──店長──』

そこには……

 

A.またまたまたまた裸で眠っている女性が……。

B.またまたまたまた男性の死体が……。

C.またまたまたまた犬が……。

D.またまたまたまたラーメンが……。

E.またまたまたまた1枚の紙が……。

ドアだ……。

もう何回ドアを開けてるだろう?

 

A.6回だったかな?

B.7回だと思うけど……。

C.8回だろうか……。

D.9回かな?

何と階段を見つけた。

階段は上に向かって伸びている。

ぼくは……

 

A.引き返した。

B.昇ってみることにした。

道は西に向かって伸びている。

ぼくは道に従った。

わあ、可愛いなあ……。

ガブッ!

……狂犬病。

ぼくの意識は遠のくばかりだった。

「許してくれるの?」

「その代わり、出口を教えて下さい」

彼女はなぜか目に涙を浮かべた。

「そこのドアを出て左に曲がれば出られるわ……」

「あっ、どうも」

やった!

やっと出られる!

しかし最後に見た彼女の涙は……。

そう、今は先に進むしかないんだ。

ぼくは歩き出した。

紙だ。

『迷宮の謎は解けましたか?フフフ。──店長──』

ぼくはとてつもない場所にいるんじゃないだろうか……。

開けた。

行き止まりだ。

ぼくは戻った。

そう、“まずは”というよりも“すぐに”だ。

ぼくは走り出した。

さてと……

 

A.真っ直ぐ進もう。

B.左に曲がろう。

C.後ろに戻ろう。

それが意味することは、ただひとつ。

 

A.店長=女性

B.店長=犬

C.女性=犬

D.ぼく=店長

『先へ進みなさい。そこに謎はあるかもしれません。──店長──』

これを見た瞬間、ぼくはビビビッときた。

それは……

 

A.この紙に直接関係することだ。

B.この紙に間接的に関係することだ。

C.このホテルに関係することだ。

D.この部屋に関係することだ。

ゴール!

……行き止まりだ。

戻ろう……。

行き止まりだ。

戻ろう……。

頭の上から巨大な岩が落ちてきた。

勿論ぼくは即死した。

ああ。

何でこうなるんだ……。

そこには……

 

A.またまたまた裸で眠っている女性が……。

B.またまたまた男性の死体が……。

C.またまたまた犬が……。

D.またまたまたラーメンが……。

E.またまたまた1枚の紙が……。

「わーい、わーい、裸だ裸だ〜い!」

いけない、いけない。

女が目を覚ますとこっちのペースじゃなくなってしまう。

ぼくは音を立てずにベッドの中に潜り込んだ。

「ああ……、イク……」

ぼくは3秒も立たない内に発射してしまった。

またドアを見つけた。

開けて……みるか。

行き止まりだ。

ぼくは仕方なく戻っていった。

突然床が開いた。

ぼくは闇の中へ落ちていく……。

一体なんでこんなことになったんだろう……。

そこには……

 

A.またまたまたまたまたまたまた裸で眠っている女性が……。

B.またまたまたまたまたまたまた男性の死体が……。

C.またまたまたまたまたまたまた犬が……。

D.またまたまたまたまたまたまたラーメンが……。

E.またまたまたまたまたまたまた1枚の紙が……。

そう、この部屋に隠し扉があるんだ!

ぼくは壁を思いっきり殴った。

……音を立てて壁は崩れた。

適当に考えたら当たった……。

ラ、ラッキー。

道は二手に分かれている。

ぼくは……

 

A.南に向かった。

B.西に向かった。

C.壁を調べた。

ドア。

開ける。

ぼくは腹が減っていることに気付いた。

……食べよう。

ウッ。

毒入りだった。

無念……。

「はい。犬も“動物”ですし……ていうか犬があまりにも大きかったから……ていうかどう見ても着ぐるみだったから……ていうか……」

「ふふ。それで?私をどうするつもり?」

「……勿論、決まってるじゃないですか」

 

A.「殺すんですよ」

B.「何もしませんよ」

C.「犯すんですよ」

ガチャッ。

と言い終わった瞬間、女性はナイフを取り出し、ぼくを刺した。

「残念だったわね」

ぼくは目の前が真っ暗になった。

驚いている女性に対し、ぼくは……

 

A.厄介なことになる前に逃げた。

B.全てを説明した。

C.「まあ、1杯どうぞ」
  と言って睡眠薬入りの水を渡した。

そこには……

 

A.またまたまたまたまたまた裸で眠っている女性が……。

B.またまたまたまたまたまた男性の死体が……。

C.またまたまたまたまたまた犬が……。

D.またまたまたまたまたまたラーメンが……。

E.またまたまたまたまたまた1枚の紙が……。

『さあて、深みにはまってきましたね?フフフ……。──店長──』

ぼくは怒りを押さえ切れずにはいられなかった。

絶対店長を殴ってやる!

そう心に決め、先へ進んだ。

道は二手に分かれている。

ぼくは……

 

A.南に行った。

B.西に行った。

そう、この紙には『先へ進みなさい。そこに謎はあるかもしれません。──店長──』

と書いてある。

ということは……

 

A.先に進めば正解だ。

B.後ろに戻れば正解だ。

C.謎があるから正解だ。

D.謎がなければ正解だ。

道は二手に分かれている。

 

A.右に曲がろう。

B.左に曲がろう。

『とうとう来てしまいましたか。分かりました。それでは次のドアを開けなさい。──店長──』

開けなさいだと?

命令すんな、ボケ!

ぼくは殺気立って歩き出した。

ぼくは……

 

A.北へ進んだ。

B.南へ進んだ。

C.下を見た。

D.大声で助けを呼んだ。

『よくここまで来たな。もうすぐ私に会えるかもしれません。──店長──』

よしよし、殺したるからな……待っとけよ。

ぼくは歩き出した。

そこには……

 

A.またまたまたまたまたまたまたまた裸で眠っている女性が……。

B.またまたまたまたまたまたまたまた男性の死体が……。

C.またまたまたまたまたまたまたまた犬が……。

D.またまたまたまたまたまたまたまたラーメンが……。

E.またまたまたまたまたまたまたまた1枚の紙が……。

急に両側の壁が崩れて、無数のナイフが飛んできた。

当然ぼくは血まみれになり、死亡した。

何も……。

何も悪いことしてないのに……。

部屋を出たぼくは、見たことのない風景に驚いた。

こ、これがラブホテル……なのか?

ただならぬ空気を感じ取ったぼくはその場をあとにした。

……と思ったのだが、これが大きな間違いだった。

道に迷った!

何なんだ、この建物は!

ぼくは逃げるようにこの部屋を出た。

そしてこの部屋に来ることは、もうないだろう。

そう、永遠に……眠れる場所となるのだ。

ぼくはこの事実を素直に喜んだ。

だが、謎は深まるばかりだった……。

特に何も見つからなかった。

ハア……ハア……。

そうか。

そうだったのか!

今までだれともすれ違わなかったのは……。

そういうことだったのか。

……。

もうどれくらい歩き続けただろうか。

体力の限界などとっくに通り越している。

いけない、いけない。

つまずいてしまった……。

そして、二度とぼくは起き上がることはなかった。

階段だ。

下に向かって伸びている。

 

A.降りよう。

B.戻ろう。

『 』

そう、このホテル自体が『謎』だったんだ。

だから、もう謎は解けない?

あれ?

ええと、ここがこうなって……

ぼくは気を失った。

そこには……

 

A.またまたまたまたまたまたまたまたまた裸で眠っている女性が……。

B.またまたまたまたまたまたまたまたまた男性の死体が……。

C.またまたまたまたまたまたまたまたまた股が……。

D.またまたまたまたまたまたまたまたまたラーメンが……。

E.またまたまたまたまたまたまたまたまた1枚の紙が……。

そしてぼくは不可解な殺人事件に挑むのであった。

正解なんだけど、こればっかりはどうしようもない問題だ。

ぼくは決意を新たに、先に進むことにした。

それ以外は今のぼくには考えられない。

道は3つに分かれている。

ぼくは……

 

A.西に進んだ。

B.北に進んだ。

C.東に進んだ。

「あのお、起きて頂けませんでしょうか?」

「ん、んん……」

女性は目を覚ました。

「……!」

女性は驚いている。

またまたドアを見つけた。

開け……よう。

そうだったのか!

……ん?

でも、店長も女性も、もうどこにいるか分からない……。

もう外に出られない!

ぼくは気が遠くなっていくのが分かった。

道は3つに分かれている。

ぼくは……

 

A.右に曲がった。

B.左に曲がった。

C.真っ直ぐ進んだ。

『謎はあるかもしれません』

危うくこの言葉に騙されるところだった。

ぼくは別に『謎』に挑んでいるわけじゃないんだ。

出口を探していたんだ。

ようやく“謎は全て解けた”。

道は二手に分かれている。

ぼくは……

 

A.東に進んだ。

B.北に進んだ。

C.下を見た。

そこには……1枚の紙が落ちていた。

『残念だったな。君は私の思い通りに動いていただけなのだよ。それじゃあ、そこで永遠に眠るがよい。……永遠にな!──最初に会った女より──』

ふと後ろで、ドアの閉まる音が……。

やった!

ぼくは謎に打ち勝ったんだ。

謎に……?

はっ!

確か、ぼくは出口を探していたはずだ。

……ぼくはどうやら店長に一杯食わされたようだ。

そう思うと、もう立っているだけで精一杯だった……。

私は柄にもなく泣いていた。

「彼はかなり酷い記憶喪失です」

担当医が神妙な面持ちで答えた。

「どうにも……ならないんですか?」

私は泣き崩れそうになるのを必死で堪えながら言った。

「……何とも言えませんな。何か潜在意識に触れるようなきっかけを再現すれば、あるいは戻るかもしれませんが……」

それ以上は何も聞かずに、私は病院をあとにした。

そして彼の記憶は必ず自分が戻してみせると心に誓った。

超巨大ラブホテルを経営する友人に頼んだところ、1日だけホテルを貸し切ってくれた。

彼の記憶を呼び覚ますには、私と彼が初めて結ばれたこのラブホテルしかないと閃いた末の行動だ。

医師と彼の両親に了承を得て、彼を1日だけ引き取ることにした。

私の運命の1日が始まった。

今でも覚えている。

……初めての夜。

私はあまりの緊張からか、震えが止まらなかった。

そんな緊張しいの私を気遣ってか、彼は犬の着ぐるみという、思わず笑ってしまうコスプレ衣装を用意していた。

とても嬉しかった。

泣きながら笑ったのを私は一生忘れることはないだろう。

楽しい過去に浸っていると、彼が目を覚まそうとしていたので、私は寝たふりをした。

目覚めた彼の行動を私は薄目を開けて観察していた。

まず彼は服を着た。

次に彼は、私を起こそうと体を揺さぶってきた。

「あのお、起きて頂けませんでしょうか?」

「ん、んん……」

私は目を覚ますふりをして、そのまま驚いたふりをした。

すると彼は自分の記憶から逃げるように、部屋から飛び出していった。

私は裸のまま、彼に見つからないように後を追った。

さすが超巨大ラブホテルだ。

記憶のない彼はすぐに道に迷ったようだ。

思い通りに事は進んでいるはずなのに、どこか悲しい……。

私は先回りして、床に紙を置いた。

『ようこそ!ここは不思議なラブホテル!さあ、あなたは無事に帰れるか?』

彼が好きだったダンジョンゲームに似せてみた。

少しでもいいから、思い出してほしかった……。

どうやら彼は出口を探すことにしたらしい。

どんどん先へ進んでいく彼を先回りして、タイミング良く次の紙と、コンパスを床に置いた。

『ここからが本当の迷路です。マッピングを忘れずに。それから、あなたにコンパスを差し上げます。役に立てば光栄です。──店長──』

彼はそれを拾って、また歩き出した。

好奇心旺盛なその後ろ姿は、昔見たそれと何ら変わりのない物だった……。

彼は階段を見つけて2階に行ったが、別の階段から、また1階に戻ってきた。

見かねた私は、何とか彼の記憶に触れたい一心で次の紙を置く。

『迷宮の謎は解けましたか?フフフ。──店長──』

私は彼が紙を読んで何かを考えている間に、目の前の部屋……犬のコスプレ衣装を隠してある、最初にいた部屋に入り、犬の姿になって彼を待った。

そして彼はとうとう私がいる部屋……初めて私達が結ばれた部屋のドアを開けた。

彼はまるで本物の犬を可愛がるように私を可愛がった。

そんな……。

着ぐるみと本物を見間違うなんて……。

『彼はかなり酷い記憶喪失です』

担当医の言葉が頭の中をこだまする。

いいえ、きっと私が治してみせるわ!

私は思い切って彼に噛み付いた。

ガブッ。

あなたもあの夜、こうしてふざけて噛み付いたよね。

涙が流れそうになるのを何とか堪えて彼の反応を見ると、彼は息苦しがっていた。

まるで自分が狂犬病だとでも思っているかのように……。

しばらく彼は何かを考えていたが、ようやく私に話しかけてきた。

神様、お願い……。

「そうだったんですね。犬の着ぐるみを着た“店長”さん?」

私は気を失いそうだった。

ここまでしても駄目だなんて……。

いや、まだ泣いちゃいけない。

諦めるのはまだ早いわ!

私は最後の気力を振り絞って、着ぐるみを脱いだ。

「何もかもバレたってわけね?」

バレてほしかった……何もかも。

「はい。誰もこのホテルにいないのに、最初にあなたがいたのを思い出して……」

無情にも彼の答えは、私の願いを受け入れてはくれない。

「それで犬も疑ったのね?」

もっと疑ってほしかった……。

もっと私を見てほしかった……。

「はい。犬も“動物”ですし……ていうか犬があまりにも大きかったから……ていうかどう見ても着ぐるみだったから……ていうか……」

彼が何を言っているのか、理解すらできなかった。

以前の私達なら、言葉なんてなくても理解し合えたのに……。

これを最後の質問にしよう……。

どんな答えでも受け入れよう……。

私は意を決して言葉を発した。

「ふふ。それで?私をどうするつもり?」

声が震えているのが自分でも分かった。

「……」

彼は少し考えた。

そして……。

「勿論、決まってるじゃないですか」

「何もしませんよ」

駄目だ……もう我慢できない……。

「許してくれるの?」

もう許して……。

「その代わり、出口を教えて下さい」

それを聞いた途端、私の目から涙が溢れ出した。

泣き崩れない内に出口を教えておこう……。

「そこのドアを出て左に曲がれば出られるわ……」

「あっ、どうも」

彼はここから出られることを本当に喜んでいる。

最後に私は彼の役に立つことができたようだ……。

彼はまた逃げるようにこの部屋から出ていった。

そして彼も私も、もう二度とこの部屋に……私達が初めて結ばれたこの部屋に……、戻ることはないだろう。

でも後悔はしていない。

やるだけのことはやったんだから。

そう思うと何だか清々しい気持ちになり、自然と涙が止まった。

恐らくメイクが剥がれて、ボロボロの顔になっているに違いない。

少しだけ笑った私は、用意していたナイフを……。