あっ!
ぼくは紙が落ちているのに気が付いた。
えーと、なになに?
『ここからが本当の迷路です。マッピングを忘れずに。それから、あなたにコンパスを差し上げます。役に立てば光栄です。──店長──』
ぼくはコンパスを手に入れた。
「そうだったんですね。犬の着ぐるみを着た“店長”さん?」
しばらくの沈黙の後、着ぐるみの中から出てきたのは、ぼくの予想通り、最初に横で眠っていた女性だった。
「何もかもバレたってわけね?」
「はい。誰もこのホテルにいないのに、最初にあなたがいたのを思い出して……」
「それで犬も疑ったのね?」
直感でそう感じたぼくは、そこにいる犬をむやみに触った。
……チャックだ。
ぼくがそのチャックを上げ終わるのと同時に、中から最初に会った女性が出てきて、ナイフでぼくを突き刺した。
い、痛い……くそっ……。
そう思うのがやっとだった。
そこには……
ふと下を見ると、1枚の紙が落ちていた。
ぼくはそれを拾った。
そこには、『ようこそ!ここは不思議なラブホテル!さあ、あなたは無事に帰れるか?』と書いてあった。
ぼくはラブホテルが迷路なのだと初めて知った。
そこには……
「許してくれるの?」
「その代わり、出口を教えて下さい」
彼女はなぜか目に涙を浮かべた。
「そこのドアを出て左に曲がれば出られるわ……」
「あっ、どうも」
やった!
やっと出られる!
しかし最後に見た彼女の涙は……。
開けた。
『先へ進みなさい。そこに謎はあるかもしれません。──店長──』
これを見た瞬間、ぼくはビビビッときた。
それは……
「わーい、わーい、裸だ裸だ〜い!」
!
いけない、いけない。
女が目を覚ますとこっちのペースじゃなくなってしまう。
ぼくは音を立てずにベッドの中に潜り込んだ。
「ああ……、イク……」
ぼくは3秒も立たない内に発射してしまった。
そこには……
「はい。犬も“動物”ですし……ていうか犬があまりにも大きかったから……ていうかどう見ても着ぐるみだったから……ていうか……」
「ふふ。それで?私をどうするつもり?」
「……勿論、決まってるじゃないですか」
ガチャッ。
そこには……
そう、この紙には『先へ進みなさい。そこに謎はあるかもしれません。──店長──』
と書いてある。
ということは……
部屋を出たぼくは、見たことのない風景に驚いた。
こ、これがラブホテル……なのか?
ただならぬ空気を感じ取ったぼくはその場をあとにした。
……と思ったのだが、これが大きな間違いだった。
道に迷った!
何なんだ、この建物は!
特に何も見つからなかった。
そしてぼくは不可解な殺人事件に挑むのであった。
そこには……1枚の紙が落ちていた。
『残念だったな。君は私の思い通りに動いていただけなのだよ。それじゃあ、そこで永遠に眠るがよい。……永遠にな!──最初に会った女より──』
ふと後ろで、ドアの閉まる音が……。
私は柄にもなく泣いていた。
「彼はかなり酷い記憶喪失です」
担当医が神妙な面持ちで答えた。
「どうにも……ならないんですか?」
私は泣き崩れそうになるのを必死で堪えながら言った。
「……何とも言えませんな。何か潜在意識に触れるようなきっかけを再現すれば、あるいは戻るかもしれませんが……」
それ以上は何も聞かずに、私は病院をあとにした。
そして彼の記憶は必ず自分が戻してみせると心に誓った。
超巨大ラブホテルを経営する友人に頼んだところ、1日だけホテルを貸し切ってくれた。
彼の記憶を呼び覚ますには、私と彼が初めて結ばれたこのラブホテルしかないと閃いた末の行動だ。
医師と彼の両親に了承を得て、彼を1日だけ引き取ることにした。
私の運命の1日が始まった。
今でも覚えている。
……初めての夜。
私はあまりの緊張からか、震えが止まらなかった。
そんな緊張しいの私を気遣ってか、彼は犬の着ぐるみという、思わず笑ってしまうコスプレ衣装を用意していた。
とても嬉しかった。
泣きながら笑ったのを私は一生忘れることはないだろう。
楽しい過去に浸っていると、彼が目を覚まそうとしていたので、私は寝たふりをした。
目覚めた彼の行動を私は薄目を開けて観察していた。
まず彼は服を着た。
次に彼は、私を起こそうと体を揺さぶってきた。
「あのお、起きて頂けませんでしょうか?」
「ん、んん……」
私は目を覚ますふりをして、そのまま驚いたふりをした。
すると彼は自分の記憶から逃げるように、部屋から飛び出していった。
私は裸のまま、彼に見つからないように後を追った。
さすが超巨大ラブホテルだ。
記憶のない彼はすぐに道に迷ったようだ。
思い通りに事は進んでいるはずなのに、どこか悲しい……。
私は先回りして、床に紙を置いた。
『ようこそ!ここは不思議なラブホテル!さあ、あなたは無事に帰れるか?』
彼が好きだったダンジョンゲームに似せてみた。
少しでもいいから、思い出してほしかった……。
どうやら彼は出口を探すことにしたらしい。
どんどん先へ進んでいく彼を先回りして、タイミング良く次の紙と、コンパスを床に置いた。
『ここからが本当の迷路です。マッピングを忘れずに。それから、あなたにコンパスを差し上げます。役に立てば光栄です。──店長──』
彼はそれを拾って、また歩き出した。
好奇心旺盛なその後ろ姿は、昔見たそれと何ら変わりのない物だった……。
彼は階段を見つけて2階に行ったが、別の階段から、また1階に戻ってきた。
見かねた私は、何とか彼の記憶に触れたい一心で次の紙を置く。
『迷宮の謎は解けましたか?フフフ。──店長──』
私は彼が紙を読んで何かを考えている間に、目の前の部屋……犬のコスプレ衣装を隠してある、最初にいた部屋に入り、犬の姿になって彼を待った。
そして彼はとうとう私がいる部屋……初めて私達が結ばれた部屋のドアを開けた。
彼はまるで本物の犬を可愛がるように私を可愛がった。
そんな……。
着ぐるみと本物を見間違うなんて……。
『彼はかなり酷い記憶喪失です』
担当医の言葉が頭の中をこだまする。
いいえ、きっと私が治してみせるわ!
私は思い切って彼に噛み付いた。
ガブッ。
あなたもあの夜、こうしてふざけて噛み付いたよね。
涙が流れそうになるのを何とか堪えて彼の反応を見ると、彼は息苦しがっていた。
まるで自分が狂犬病だとでも思っているかのように……。
しばらく彼は何かを考えていたが、ようやく私に話しかけてきた。
神様、お願い……。
「そうだったんですね。犬の着ぐるみを着た“店長”さん?」
私は気を失いそうだった。
ここまでしても駄目だなんて……。
いや、まだ泣いちゃいけない。
諦めるのはまだ早いわ!
私は最後の気力を振り絞って、着ぐるみを脱いだ。
「何もかもバレたってわけね?」
バレてほしかった……何もかも。
「はい。誰もこのホテルにいないのに、最初にあなたがいたのを思い出して……」
無情にも彼の答えは、私の願いを受け入れてはくれない。
「それで犬も疑ったのね?」
もっと疑ってほしかった……。
もっと私を見てほしかった……。
「はい。犬も“動物”ですし……ていうか犬があまりにも大きかったから……ていうかどう見ても着ぐるみだったから……ていうか……」
彼が何を言っているのか、理解すらできなかった。
以前の私達なら、言葉なんてなくても理解し合えたのに……。
これを最後の質問にしよう……。
どんな答えでも受け入れよう……。
私は意を決して言葉を発した。
「ふふ。それで?私をどうするつもり?」
声が震えているのが自分でも分かった。
「……」
彼は少し考えた。
そして……。
「勿論、決まってるじゃないですか」
「何もしませんよ」
駄目だ……もう我慢できない……。
「許してくれるの?」
もう許して……。
「その代わり、出口を教えて下さい」
それを聞いた途端、私の目から涙が溢れ出した。
泣き崩れない内に出口を教えておこう……。
「そこのドアを出て左に曲がれば出られるわ……」
「あっ、どうも」
彼はここから出られることを本当に喜んでいる。
最後に私は彼の役に立つことができたようだ……。
彼はまた逃げるようにこの部屋から出ていった。
そして彼も私も、もう二度とこの部屋に……私達が初めて結ばれたこの部屋に……、戻ることはないだろう。
でも後悔はしていない。
やるだけのことはやったんだから。
そう思うと何だか清々しい気持ちになり、自然と涙が止まった。
恐らくメイクが剥がれて、ボロボロの顔になっているに違いない。
少しだけ笑った私は、用意していたナイフを……。