幸せな日常とは人それぞれ全く違うもの。

そんな中で起きる不可解な事件は謎に満ちている。

それを受け入れる広い心も、時には重要である。(カム作)

 

 

発作 

 

「おやすみ」と彼女は静かに囁いた。

「おやすみ」とぼくも優しく呟く。

幸せとはまさにこのことなのだろう。

今、アパートの一室に2人の男女が貧乏ながらもささやかに暮らしている。

 

──そして今日も朝が来る。──

「おはよう」と彼女は静かに囁いた。

「おはよう」とぼくも優しく呟く。

彼女は朝食を作り始める。

ぼくは会社へ行く用意をする。

朝食はいつもトーストと目玉焼きと少々の野菜。

「いってきます」とぼくは言った。

「いってらっしゃい」と彼女は返す。

ぼくはそっと玄関のドアを閉める。

 

──いつもの会社に通勤。──

「おはようございます」とぼくは笑顔で声を出した。

「おはようございます」と皆は笑顔でこっちを見る。

仕事は同じようなことの繰り返し。

何かを片付けても、次々と仕事はやってくる。

きりがないが、これがぼくの仕事。

昼食もいつものレストランの日替わりメニュー、980円。

「いただきます」とぼくは両手を合わせた。

だれの返事もない。

今日の昼食はミートスパゲッティとサラダ。

でもぼくは食べられない。

だれの返事もないから。

もうすぐ昼休みが終わってしまう。

「ごちそうさま」とぼくはがっかりしながら呟いた。

だれの返事もない。

ぼくはお金を置いて店を出る。

 

──仕事が終わる。──

「今日、どっか飲みに行かない?」と1人の女性がぼくを誘った。

「今日はちょっと……」とぼくは適当な返事をする。

どこへ寄り道することもなく、ぼくはアパートへと帰宅。

「おかえり」と彼女が走ってきた。

「ただいま」とぼくは言う。

夕食はいつもカレーライスとサラダ。

「いただきます」とぼくは両手を合わせた。

「めしあがれ」と彼女は微笑む。

ナイターが始まる時間だ。

ぼくはリモコンのスイッチを押す。

 

──今日が明日になる。──

「おはよう」とぼくは呟いた。

彼女の返事はない。

ふと横に目をやると、彼女が目を開けている。

「おはよう」とぼくはもう一度呟いた。

彼女の返事はやはり返ってこない。

多分、発作が起きて死んだのだろう。

ぼくは会社へ行く用意をする。

「さよなら」とぼくはそっと玄関のドアを閉じた。

 

──久しぶりに実家に帰る。──

「ただいま」とぼくは玄関のドアを開けた。

「おかえり」と母親がうれしそうに現れる。

そして今日もカレーライスを食べる。

「ごちそうさま」とぼくは両手を合わせた。

母親の返事はない。

おそらく父親を探しに他界したのだろう。

「ごちそうさま」とぼくは両手を合わし、母親のいる天国へとお礼を言った。

皆、とても可哀想だと思う。

「でも、仕方ないよな」

ぼくの発作はだれにも止められないのだから……。

 

 

PAGE TOP▲

[PR] ちょびリッチ

© 2002 ノ・ベル研究社