ゆっくりと失われていく日々の常識たち。

長い旅の終わりに何を見るのだろうか。

孤島系サバイバル・アドベンチャー。(あぶりみかん作)

 

 

餅兄漂流記 目次 

 

■第1回 … 餅兄漂流記(壱)、餅兄漂流記(弐)

第2回 … 餅兄漂流記(参)、餅兄漂流記(四)

第3回 … 餅兄漂流記(五)、餅兄漂流記(六)

第4回 … 餅兄漂流記(七)、餅兄漂流記(八)

第5回 … 餅兄漂流記(九)、餅兄漂流記(壱拾)

第6回 … 餅兄漂流記(壱壱)、餅兄漂流記(壱弐)

 

 

餅兄漂流記(壱) 

 

波の音だけが静寂の中、不気味なほど浮かび上がる。

私の名はこの日記では仮に「餅兄」としておこう。

この日記を誰かが、私の存命中に読んでくれる事を切に願う。

 

そう、私は今焚き火の明かりを頼りにこの日記を書き記している。

砂がペンに入り込まないように……。

私がここにいることは私にとって全くの予想外な出来事の果てにある結論である。

なぜなら私は、今頃所有するクルーザーで南の島まで行き、バカンスとしゃれこんでいるはずなのだ。

暖かく優しいそよ風、開放的な娘たち、グルメな食事。

それが今では全く夢の果てにあるものとなっている。

私は誰もいない島に流れ着いた。

というのも、自慢のクルーザーがエンジンのトラブルを起こし、炎上したのだ。

私はクルーザーの上で途方に暮れていたが、炎に摘まれるほど馬鹿ではない。

救命胴衣を着けると、一番近くに見えたこの島まで泳いできた。

念のために書いておくが、私は日本人である。

大阪南港から旅立ち、当ての無い気ままな船での一人旅を楽しもうとしていたのだ。

私は南の島にいくことで仕事の疲れを癒し、優雅な独身貴族を気取るつもりだったのだ。

この日記を読む人は私を馬鹿者と笑うだろうか。

今私は楽園とは対極のこの寂しい島で一人ぼっちだ。

人は住んでいるのだろうか。

ここは日本だろうか、それとも「存在しない」場所なのかもしれない。

 

クルーザーから運んだ食料も心もとない。

もって3日というところだろう。

護身用に小銃を持ってきてよかった。

私は今孤独に怯えきっているが、日が昇り、疲れも取れれば少しは元気が出てるかもしれない。

私はとりあえず、この砂浜を拠点として明日は誰か住んでいないか探索してみようと思う。

今日はこのテントで眠るとしよう。

幸いまだ我慢できる寒さだ。

焚き火がもう尽きようとしている。

私はこの日記をつけ、記録することで、ここから脱出する足がかりを掴みたいのだ。

今日はもう眠るとする。

 

 

餅兄漂流記(弐) 

 

朝起きると、空は皮肉なほどに晴れ渡っていた。

ふと海岸を見ると、黒く焦げたクルーザーが浜辺に横たわっていた。

私はそれを見て昨日の出来事が夢ではなかった事をより強く実感した。

体は冷えて、節々が痛んだが大きく伸びをすると気合を入れなおした。

 

私はうんざりした気持ちでクルーザーを覗き込んだが、特に使えそうなものは残っていなかった。

昨日大方の食料や、衣類や道具は運び込んだのだ。

ところが諦めかけた時、100円ライターを見つけた。

海水に浸かっていたのでもう使えないだろうと思ったが、試しにつけて見ると火がついたではないか。

私はポケットにジッポライターを持っているがいつオイルが切れるとも限らない。

100円ライターのオイルは4分の3程残っているので私はとても喜んだ。

火があるのと無いのとでは、夜の暮らしが180度違うからだ。

 

他には何も見つからなかったので私は探索に出かけることにした。

大きな鳥が奇声を発して木陰から飛び出した。

私は森に入ろうとする前に体が凍りつき、力が萎えてしまった。

ああ、私はこの島でこれからどれだけの期間過ごすのだろうか?

未だにこれが夢であったなら……と後悔せずにいられない。

 

小銃を腰に忍ばせて、意を決して森に踏み込んだ。

まず、私は人が住んでいるかどうか、これを確認せねばならない。

森は草木が鬱蒼と生い茂り、人がかつてここを通った気配はなかった。

歩を進めるほど、心細くなり浜辺に帰りたくなっていった。

試しに大声で叫んでみた。

「誰かいないのかーー!!」

耳を澄ましたが、頭のずっと上のほうで奇妙な鳥が奇声を発した以外、何の反応も返ってはこなかった。

 

それからしばらく進んでみたが、森はより深くなる一方なので薪を拾ってから引き返した。

私は失望感に苛まれながら浜辺に戻った。

その時!!

ああ、これも夢ですらないのだろうか!!

しっかり張っていたはずのテントは無惨な形に押しつぶされていた。

銃を構えることもせず、私は我を忘れて駆け寄った。

3日はもつであろう食料は、何者かに大方奪われていた。

そこにあるはずの、食料がないのだ!!

私は怒りに体が震えた。

ところが、その次の瞬間恐怖に身が凍えた。

(誰かこの島に住んでいるのか?)

そして私は今空腹にもだえ、寒さと恐怖と暗闇に怯えながら小さな明かりを頼りにこの日記を記している。

日記でも書かなければ気が狂いそうだ。

明日私は生きているのか?

何者かに襲われ、殺されるのだろうか?

しかし、明かりは今にも尽きる。

眠る以外にすることはなさそうだ。

かつてない孤独に包まれながら。

 

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