ゆっくりと失われていく日々の常識たち。

長い旅の終わりに何を見るのだろうか。

孤島系サバイバル・アドベンチャー。(あぶりみかん作)

 

 

餅兄漂流記 目次 

 

第1回 … 餅兄漂流記(壱)、餅兄漂流記(弐)

第2回 … 餅兄漂流記(参)、餅兄漂流記(四)

第3回 … 餅兄漂流記(五)、餅兄漂流記(六)

■第4回 … 餅兄漂流記(七)、餅兄漂流記(八)

第5回 … 餅兄漂流記(九)、餅兄漂流記(壱拾)

第6回 … 餅兄漂流記(壱壱)、餅兄漂流記(壱弐)

 

 

餅兄漂流記(七) 

 

海が美しい。

海というものはあれていなければ実に優しく、美しい。

今朝起きてしばらくの間その海を見つめていた。

波の音は人間の生活速度の指標とでもすべきような、実に心地よいリズムで延々と続く。

 

老人に教わるまでにある程度自分でも森を探索することにした。

テントの食料を奪ったのは老人ではないだろう。

あのご老体であのような荒っぽい作業が出来るとはとても思えない。

だから私は念のためいつも腰に小銃を仕込む。

 

深くは入り込まないが、食べれる薬草や木の実を見つけることが出来た。

考えてみればここの気候は日本とそれほど変わるはずはない。

距離的にも近いはずだから。

私は元来こういったサバイバル生活は嫌いではない、むしろ得意分野なのだ。

腐っているものと食べれるものの区別もうまいのだ。

ただ、気がかりなのはこの島にも冬がやってくるのか、ということである。

そうなれば食料は元より、とてもテント一つで生きていけるわけがない。

そう考えるとどこまでも続く海というものはいかにも残酷かつ冷徹で途方も無い代物に映る。

自分という人間の単純さに苦笑しながら、私はのんびりと食料や薪を蓄えていった。

その間、海は表情も変えず波の音とともにただそこにあった。

 

夕刻、老人宅を訪れた。

ドアをノックすると老人はゆっくりとドアから出てくるとうめき声を上げ、右手を差し出してきた。

私はゆっくりと手を取り彼の右手を握った。

手の皮は厚く、皺が深く刻まれている。

どうやら耳は聞こえているようだ。

しかし、言葉でのコミュニケーションは無理だろう。

老人は手招きするように私を小屋に招き入れた。

部屋は相変わらず殺風景なものだった。

ただ、以前は気づかなかったが私は椅子が二つあることに少々疑念を抱いた。

まさか、私以外にもこの小屋に客人として訪れる者がいるのだろうか。

しかしこればかりは詮索しすぎてもしょうがない、まずこの老人のことを知りたい。

私は、老人の目が見えないことをいい事に部屋をぐるぐる見回していた。

本棚には数冊の本が積まれている。

本ももうこの老人には無用のものだろうが。

どうやらその一冊が聖書であることは見て取れた。

彼はクリスチャンなのだろうか。

やがて、老人は白く濁った水を私に差し出した。

(何だこれは……?)

一口含んでみる。

(カルピスだ!!!)

なんとも懐かしい甘い香りが口に広がった。

「どこでこれを?」

私が尋ねる。

老人は微笑んで海岸の方角を指した。

窓からはかすかに浜辺が見える。

そして、棚に立ててあるビンを指した、とても嬉しそうに。

恐らく犬の散歩の途中にでも流れ着いたビンに気づいたのだろう。

こんな貴重なものを飲ませてくれるなんて……私は感謝するとともに恐縮した。

私は盗人なのだ。

 

終始老人は微笑んでいたが、会話が出来ないことで私は居辛さを覚えた。

そして老人のその好意が逆に胸に刺さった。

 

しばらく小屋で佇んだ後、私はテントに戻ると老人に伝え、席をたった。

行こうとする私に老人はあるものを手渡した。

それは見たことも無い不思議な貝殻だった。

殻に赤い斑点がある。

そして老人は懐から先日私が手渡した貝殻を取り出して微笑んだ。

「これが俺たちの友達の証だ」

そう伝えているようだった。

私はただ単純に、嬉しかった。

私が帰るのを小屋の影からあの白い犬がじっと見つめていた。

 

テントに戻る頃には夕焼けが海原を照らしていた。

やはり海というのは美しい。

明日は違って見えるのかもしれない。

しかし、今この海は確実に美しく思えた。

その気持ちが今の私の全てだった。

 

 

餅兄漂流記(八) 

 

さて、ここ数日思っていたことだが私の素性について語っておかねばなるまい。

そうしなければ、もしこの日記をいつか(その時すでに私は遺骨となってるかもしれないが……)誰かが見つけ、これを日本本土に持ち帰る時、この日記の著者が誰であるかわからないであろう。

私はこの日記にあらゆる可能性を押し込めなければならない。

 

まず、私のプロフィールについて説明しよう。

身長は187センチ。

体重は97キロ。

顔はマイケル・J・フォックス似の34歳である。

これだけ大きな体をしているだけあって喧嘩では負け知らずだった。

私にはかつて家族がいた。

スタイル抜群でナオミ・キャンベル似の妻。

そして、今年で5歳になる娘がいる。

 

「かつて」と書いた。

そう、今は私に家族はいない。

妻は浮気をしていた。

相手は某国会議員だった。

私もそれなりに稼いではいたが、私にどうにかできる相手ではなかった。

妻とは離婚し、財産分与でがっぽり持っていかれ、さらには娘の親権まで奪われた。

今では彼らがどこでどんな暮らしをしているかもわからない。

 

その時から私は何か自分が半分ほど欠けてしまってるような、強い喪失感で満たされている。

いくらかの金と、いくらかの暇だけは持て余していた。

自殺うんぬんを考えるような気力すら残ってはいなかったが、生きる気力も当然失っていた。

そんな時、テレビを見た私にある感情が芽生えた。

それは綺麗な海の映像であった。

素晴らしく美しい、それでいてあまりに大きく、魅惑的だった。

そして私はそれに衝撃的なまでの感動を覚えた。

私はあくる日に長期休暇を取り、残った財産を使い果たしクルーザーを購入した。

何も考えなかった。

自分の気の向くままに海を走り、海を眺めたい、そう考えていた。

思う存分バカンスを楽しみ、そしてその後この海で朽ち果てるのも悪くないなんて考えながら。

ただ私の落ち度は、ライセンスを持っていなかったことだ。

 

そして私は今この島にいる。

この島で生きようとしている。

 

結局家族の匿名性を維持したのは名前を考えるのが面倒だったからだ。

 

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