ゆっくりと失われていく日々の常識たち。

長い旅の終わりに何を見るのだろうか。

孤島系サバイバル・アドベンチャー。(あぶりみかん作)

 

 

餅兄漂流記 目次 

 

第1回 … 餅兄漂流記(壱)、餅兄漂流記(弐)

■第2回 … 餅兄漂流記(参)、餅兄漂流記(四)

第3回 … 餅兄漂流記(五)、餅兄漂流記(六)

第4回 … 餅兄漂流記(七)、餅兄漂流記(八)

第5回 … 餅兄漂流記(九)、餅兄漂流記(壱拾)

第6回 … 餅兄漂流記(壱壱)、餅兄漂流記(壱弐)

 

 

餅兄漂流記(参) 

 

昨日の出来事が、やはりまだ信じられない。

私が無人島だと信じきっていたこの島にも誰かが住んでいるのだろうか。

いや、あの仕業を人間と思い込むには些か材料不足だ。

昨日は混乱していたが私は気持ちを落ち着かせ改めてテントの周りをじっくりと観察することにした。

何か落ちてはいないか、足跡でもないか、私は四つんばいになり注意深くテントの周りを観察してみた。

しかし、まるで白日夢でも見ているようだ!!

足跡がある!!

そこには私よりやや大きく、しかも明らかに裸足でこの辺りを移動したと思われる二つの足跡が無数に砂地に刻まれていた。

私の足跡はこれよりも小さく、しかもスニーカーの靴底模様がつくのでその違いは一目瞭然だ。

しかもその足跡は不規則でジグザグ状に、私が先日入っていった森の中へと続いていた。

(……)

私の思考回路は一瞬完全に停止した。

 

(……このテントを荒らした「何者」かは森から戻ってくる私に気づいたのだろうか。しかも、鉢合わせしそうになってどこかに隠れたのだろうか?薪を拾ってる私を目撃したのだろうか?それとも偶然私に気づかずに森に入っていったのか?いや、もしかしたら……)

 

私の脳は突然堰を切ったように無数の可能性を私自身に列挙した。

そのどれもが現実的であり、私に選択肢の消去という作業をさせてくれない。

 

いや、もう過去のことはいい。

今その「何者」はどこにいるのか?

どこかから私を監視してるのでは?

巨大な弓矢かなにかで今にも私を射ようと構えてるのでは?

仲間を呼び、どこかで私を待ち伏せしてるのでは?

 

私は四つんばいのまま、その滑稽な姿で様々な想像を繰り返した。

森の方角を振り返るのも怖くて出来ない。

(もう沢山だ!!)

私は意を決した。

(自力でこの島を出よう!!)

どこでもいい。

たとえ、再び無人島にたどり着いてもいい。

この島から出たい!!

 

私は焦げたクルーザーを見やった。

無様な姿で浜に打ち上げられてるそれは、まるで溺死した海軍兵みたいだった。

 

明日だ!

明日この島を出よう!!

私はクルーザーの破片で一番大きなものを浜に引きずり上げ、そして、救命胴衣をテントにまだあるのをしっかりと確認した。

(この破片に捕まり、どこまででも泳いでやる)

 

今私は不思議な高揚感に包まれ、浜辺で掘った貝を食しながら、この日記を綴っている。

島はあまりに静かだ。

あの奇妙な声で鳴く怪鳥も夜はどこかで休んでいるのだろう。

打ち寄せる波の音に誓いを立てた。

必ず明日、私はこの島を出てみせる。

 

 

餅兄漂流記(四) 

 

空は晴れ渡っていた。

風も澄んでいた。

脱出日和なんて言葉があるのかはわからないが、まさに今日はこの島を出るのに絶好の日だと確信した。

 

私は目が覚めるとすぐに衣類や小銃などをビニール袋に詰めて固く縛った。

救命胴衣を纏い、クルーザーの破片を水辺に浮かべた。

準備は整った……はずだが何か胸騒ぎがする。

このまま泳いで果たして本当にどこかの島にたどり着けるのか。

途中で水や食料が尽きてその場で果ててしまうのではないか。

サメに襲われてあえなく海の藻屑になってしまうのでは。

 

私は昨晩の衝動から一歩身を引いて考えたところ、この島を脱出することが決して懸命な判断ではないことに気づき始めた。

あまりに無計画すぎる。

もしこの計画を実行に移すにしてももっと用意周到に準備すべきだ。

人生の一大決心にしては、あまりにリスクが大きすぎる。

もしこの島に誰かが住んでいたとしてもその人間も私と同じように漂流者かもしれないのだ。

その漂流者は極度の飢餓状態で衝動に駆られるままに私の食料を奪ったかもしれないではないか。

 

もっとこの島を調べてみる必要があるのでは?

 

私は救命胴衣を外し、一旦荷物をテントに戻した。

そうだ、もっと私はこの島にとどまりあらゆる可能性を探る必要があるのだ。

そう思うと不思議と気持ちが落ち着いた。

自分の判断は恐らく間違っていないと確信してるからだろう。

 

私は砂浜に寝そべり、青空を見上げた。

空の色とは対照的な真っ白な鳥が気持ち良さそうに空を泳ぎまわる。

柔らかな風が私の頬を優しく撫でる。

波は規則正しく砂浜に打ち寄せる。

老人が犬を散歩させているのが見える。

まったくこれが無人島でなければ何て気持ちの良い朝だろうか。

 

(ん……?)

 

私はしばらく経ってから仰天した。

(人いてますやん!!)

老人はこちらに気づかずに波打ち際を犬とともに歩いていった。

私は心臓が口から飛び出しそうになるのを必死で抑え、ゆっくりと立ち上がった。

老人に気づかれないようにそっと後を追った。

老人は白いローブに身を包み、ゆったりと歩いていく。

顔は見えないが、動きを見る限り相当歳をとっていると見える。

犬はそんな老人の歩行速度に合わせてこれもまたゆったりと歩いている。

 

10分ほどそのまま尾行を続けると、やがて老人と犬は森に入っていった。

そしてその森のほんの入り口の所に白く小さな小屋があった。

老人と犬はそこに入っていった。

このとき私は恐怖心というよりもいいようのない好奇心でいっぱいだった。

まるで子供が何か素晴らしいおもちゃでも見つけたように。

 

私ははやる気持ちを抑え、しばらくその小屋を監視した。

しばらくすると老人は何か袋を抱えて森のさらに奥へと歩いていった。

私はその隙に小屋へ忍び込んでみた。

そこに躊躇いは無かった。

そっと小屋のドアを開けると鍵はかかっていなく、ヒラリと開いた。

小屋には小さなテーブルとイス、食器棚、ベッドだけがあった。

僅かだが、パンや缶詰などの食料も見つけた。

私はこれらをまずいくらか口に放り込むと、残りは上着を脱いでシャツで包んだ。

久しぶりのまともな食事だった。

奪うことには躊躇はなかった。

 

小屋を出て、ぐるりと小屋の後ろに回ると先ほどの犬が繋がれている。

犬はこちらを見ると行儀良く座りなおした。

よく仕付けられているようだ。

私はとっさに犬のヒモを解き、連れて行くことにした。

最悪食料にはなるだろう、そんな事を考えて。

 

テントに戻った私は興奮状態だった。

しかし、テントをこのまま浜辺に出しておくのはまずいと考えひとまず森の入り口近くの大木の陰に移動させ、そこに犬を繋いでおいた。

何だろうか、この感覚は!!

不思議な達成感があった。

私はより強く決心した。

この島で何か可能性を掴んでみようと。

そして、その一歩を踏み出した気がする。

老人について考えねばならないことは山ほどあるがそれは後回しだ。

今は理不尽な優越感に浸りたい。

犬はつぶらな眼でこっちを見つめている。

 

前へ次へ

 

 

PAGE TOP▲

[PR] 楽天市場 [PR] イオンショップ

© 2002 ノ・ベル研究社