ゆっくりと失われていく日々の常識たち。

長い旅の終わりに何を見るのだろうか。

孤島系サバイバル・アドベンチャー。(あぶりみかん作)

 

 

餅兄漂流記 目次 

 

第1回 … 餅兄漂流記(壱)、餅兄漂流記(弐)

第2回 … 餅兄漂流記(参)、餅兄漂流記(四)

第3回 … 餅兄漂流記(五)、餅兄漂流記(六)

第4回 … 餅兄漂流記(七)、餅兄漂流記(八)

第5回 … 餅兄漂流記(九)、餅兄漂流記(壱拾)

■第6回 … 餅兄漂流記(壱壱)、餅兄漂流記(壱弐)

 

 

餅兄漂流記(壱壱) 

 

私はわけがわからぬまま、その大木の足元で夜を明かした。

空はいつもどおり晴れ渡り日差しが目を貫いたが、その大木だけはいいようの無いドス黒い雰囲気を醸し出していた。

 

私はしばらくその大木を見上げていた。

高さは7〜8メートルはあるだろうか。

木の表面は黒く、まるで一度火か何かで焼かれたようでもある。

その雰囲気は圧倒的にも関わらずその大木はやはりあまりに無表情だ。

一言でいえば『気味が悪い』。

 

空では怪鳥が奇声を発している。

ここ数日は不可解な出来事が多すぎる。

老人の死、黒胡麻まみれの怪物、そしてこの大木……。

 

この島で生き抜くのは私が当初想像したより遥かに困難を極めることになるだろう。

私の気持ちは陰鬱で、体中の力はガスが抜けたように空っぽである。

私はテント付近に座り込みぼんやり日本での生活を思い出していた。

家族の事を思い出すと私の目からは涙が溢れた。

人間の精神というものは、どんな機械よりも複雑な構造で出来ており、そしてどんな柔らかな素材で出来た代物よりも脆く出来ているものだ。

そんな事をぼんやり考え続けた。

どれだけ時間が過ぎただろうか。

 

すると私の目の前に何かがドサリと落ちた。

私は我に返り、その方向を見た。

大きな木の実だった。

それはまるで椰子の実ほどの大きさで、真っ黒な色であった。

私は立ち上がるとその木の実に近づいた。

その瞬間私はほとんど無意識だった。

その実に吸い寄せられるがままだった。

あと一歩、いやあと半歩までその実に近づいた時だった。

 

私は猛烈な鳴声にびくりとして立ち止まった。

私のすぐ横で真っ白な犬、あの老人の犬が牙を剥き出しにして唸っている。

普段は大人しいその犬が初めて見せた表情だった。

私は恐る恐る、木の実に手を伸ばそうとしたら再びその犬は吠えた。

そして私の目の前に立ちはだかった。

凄い剣幕だった。

その犬は私と木の実の間に立ちはだかったまま微動だにしなかった。

私は諦めた。

その犬の必死な表情に何かを感じ取らずにはいられなかった。

 

きっとこの木の実には触れてはいけないのだろう。

そしてそれをこの犬は知っているのだ。

不可解なもやもやした気持ちを完全に拭えたわけではないがそう解釈した。

 

私が実から離れると犬は急に穏やかな雰囲気に戻り、すたすたとその場から離れた。

なんとも不思議な犬だ。

 

この一日で無数の木の実が私の目の前に落ちてきた。

その度に私はなんともいえない誘惑に打ち勝ち、その木の実から目を背けた。

その誘惑は空腹や好奇心から来るものと合い混ざって、もはや官能的なまでの気持ちに達していた。

 

そのまま時間だけが過ぎ行き、夜になり、就寝しようと思った矢先私の目には最初はぼんやりと、そして次第にはっきりと映ったのはゆらゆらとうごめく松明の明かりだった。

それはゆっくりと、しかし確実にこちらに向かってきていた。

私は小銃を構えた。

そしてテントの裏に身を潜めた。

再び訪れた奇妙な出来事に鼓動は高鳴り、疲れと眠気で私の思考にはもはや頼れそうにもなかった。

 

 

餅兄漂流記(壱弐) 

 

私にはその松明の揺らめきが死神か何かの幻影に見えた。

その明かりは遠くから怪しげな光を保ち、私のテントに直線的に近づいてきた。

私は恐怖でその明かりをただぼんやりと見つめていた。

逃げる気にもならない、逃げたところで何の解決にもなりはしないし老人も戻っては来ない

私は体の震えを感じながら小銃に手を添え、テントの裏に腰を下ろしたままじっと待った。

その明かりが次第に大きく、この暗闇で異様な存在感を醸し出しながらもう50メートル程の距離まで近づいてきた。

私はふと我に返った。

(あの犬はどこにいったのだろうか)

あの不思議な犬の身にも危険が迫っているのだ。

うまく身を隠しててくれればいいが。

そしてその明かりは止まった。

 

意外にも私のいるテントではなく、大木の下でその松明はゆらゆらと揺れながら静止した。

その明かりによって松明の持ち主の姿が映し出された。

大きな人間だった。身長は170センチほどだ。

しかし、横幅は半端ではなかった。

おそらく150キロはあろうかという巨大な肉塊がこちらを背に、大木を見上げていた。

そして、私は小銃を握る手がさらに震えるのを堪えるのに必死だった。

あの毛まみれの怪物がその人間の足元にいるではないか。

その姿を見た途端、私の中で様々な感情が生まれ、爆発し、互いに衝突した。

 

体が勝手に動いた。

感情に体が押し出されるように勢いよくテントの影から飛び出した。

私は大声を上げると走り出した。

二つの物体がこちらに気づくと同時に私の右手は引き金を引いた。

乾いた銃声が島の端でこだました。

私が狙ったのはもちろん毛まみれの怪物だった。

弾丸はその怪物の脳天を撃ち抜いていた。

 

しばらく、といっても数秒の間私は倒れた怪物とこちらを見ている巨大な人間と対峙したまま動かなかった。

そしてその人間はゆっくりこちらに歩み寄ってきた。

私は銃を構えたが、それを見て巨大な人は

「まぁ、そう慌てなさるな」

そう言った。

何と久しぶりに言葉を話す人間を見ただろうか。

私は驚いたあまり引き金を引きそうになった。

「俺は敵ではないですやん」

その豚野郎はそう言った。

「いや、むしろ仲間みたいなもんやでほんま」

私は黙ったまま銃口を向け続けた。

「俺はお前がこの島に来てからずっとお前を監視してたんや。あの大木もお前の仕業やろ?」

私はようやく言葉を発した。

呪縛から解かれたようだ。

「いや、私の仕業というべきか。勝手に生えてきたんだ」

豚野郎は煙草を取り出すと松明で火を点け、美味そうに煙を吐いた。

「この大木から大きな木の実が落ちてきたやろ?お前はこの実の誘惑に勝てたんやな?」

「あの実が何だっていうんだ」

「あの実は『ゴマゴマの実』といってあらゆる生物を魅了する悪魔の木の実なのだ」

「悪魔の実?」

「そやねん、この実を食べたものはホレ」

そういってポークちゃんは後方を指した。

手の先には私の撃った怪物が倒れていた。

「まぁ、ああなるっちゅうこっちゃ。体中から黒胡麻が飛び出し人間の理性も失ってしまうんや」

私はごくりと唾を飲んだ。

そう話してる最中もあの木の実に気持ちが乗っ取られそうだ。

「それであんさんは誘惑に勝ったわけや。まぁ、あいつを殺さなくてもよかったけどなぁ……手なずけたら上手く扱えるようになるんやで」

「悪魔の実だと?そんな空想話誰が信じるか!!」

私は語気を強めて言い放った。

「あんさんは知らないだろうがこの島は呪われてるんや。そしてあんさんがここに来たのは偶然ではなく必然なんや」

私はこの肉塊の言ってる意味が理解できなかった。

(呪われている?偶然ではなく必然?)

「お前は一体何者なんだ」

私は銃口を向けたまま聞いた。

「わては、『デブデブの実』を食べてしまったんや。今は何とか理性を保っているんやけどこれもいつまで持つかわからん。いつかはわてもあいつみたいにおかしゅうなってまうかもしれんのや」

その糞豚野郎は哀願するようにこちらを見つめた。

「なぁ、わてと手を組もうや。あんさんを悪いようにはせえへんさかい。この体を治す方法を探そうや」

そういって私にずいずいと近寄ってきた。

なんとも言えない臭気を纏っていた。

そして不気味な音で風が私達の横を吹きぬけた。

「じゃあ、一つ質問させてくれ」

私は鼻をつまんだまま引き金に指をかけた。

「あの白い小屋にいた老人はどこだ」

豚キムちゃんはうつむいたまま、ガタガタと震えだした。

「あの方はこの島の創造主だ……あの方こそが諸悪の根源であり、そして救世主なのだ!!」

そう叫ぶと突然ラード男は私に向かって突進してきた。

私はやむなく引き金を引いた。

しかし、カチっと音がしただけだった。

弾薬が切れていたのだ。

私はその伊集院みたいな男に突き飛ばされた。

体中がきしみ、その襲撃に耐え切れず私の体は大きく吹き飛んだ。

気を失う瞬間見たのは夜空に羽ばたく白く大きな鳥だった。

あまりに大きくあまりに雄大な肢体だった。

そしてそのまま気を失い、この世の果てまでも落ちていくような深い眠りについた。

 

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