石がくれた限りない力。
その力を糧に明日へ向かう男。
彼に待ち受けるのは希望か絶望か。(カム作)
ストーンボーイズ 目次
■第1回 … 雨の繁華街
■第2回 … ネオンの意図
■第3回 … 暗闇の悪戯
■第4回 … 老人の告白劇
■第5回 … 疑惑の欠片
■第6回 … 未完のロンド
ストーンボーイズ 最終回 未完のロンド
従順の快楽が体にまとわりつく。
ゆっくりと魔法陣に足を踏み入れると、より一層の開放感が身体を突き抜けた。
中心へと歩を進めるごとに押し寄せる悦楽の波が完全に思考を支配する。
蝋燭の灯火の揺らめきが、魅惑の世界へと手招きしているように見える。
自分にこれほどまでの欲求があったのかと思うと、少し嬉しい気さえしてくる。
右足が大きく上げられ、魔法陣のまさにその中心の蝋燭を踏もうとした瞬間だった。
俺の意識は完全に途絶えた。
目が覚めるまでの記憶はない。
気がつくと俺はいつもの家でいつもの朝を迎えていた。
何の変化もない退屈な朝だ。
カーテンを閉め忘れたらしく、窓から差し込む光の眩しさに顔をしかめた。
このままベッドから起き上がるのも面倒なので、横を向いて目を閉じることに決める。
どうやら夢を見ていたらしい。
昨日の出来事が現実だとすれば、あの後の記憶が少なからず残っていると考えたからだ。
……では俺の昨日の記憶はどこへ?
いや、明確すぎた夢の中での日数を、現実の日数に足しているだけだ。
寝ぼけた思考回路に少し口元を緩ませた。
こうして俺は再び深い眠りへと身をゆだねることができ……ん?
再度の違和感に襲われる。
だが今度は感覚的なものではない。
勢いよく起き上がり布団をめくると、左手に握られている裁きの石を確認した。
中途半端な記憶を頼りに、駅前の寂れた繁華街を歩いている。
やはり『昨日』は存在したのだ。
ポケットに入っている石が何よりの証拠である。
普段から酒を飲まない俺ゆえに、酔っ払っていた、というオチも期待できそうにない。
さまざまな考えを膨らませたが、どれも満足のいく答えを導き出すことはできなかった。
昨日、初めて目にした横道に入る。
すると不思議なことに、昨日のような陰鬱さは微塵も感じない。
それどころか両側に建ち並ぶビル群の隙間からは、いくつもの優しい光が道を照らし出していた。
ほうき片手に微笑みかけてくる女性。
気前のいい八百屋の店主。
刺青や骨董品の看板など、どこにも見当たらない。
道を間違えたのかと思ったが、あの繁華街からの横道はこの道1つしかない。
釈然としないながらも道なりに進んでいき、昨日と同じくゆるいカーブを曲がり切った。
そこで俺が目にしたのはネオン輝く店……ではなく、空き地だった。
どこにでもありそうな狭い空き地だ。
ただ1つ目に付いたのは、奥に祭られている石の地蔵だ。
俺はおもむろに地蔵の前に立つと、ポケットから裁きの石を取り出し、地蔵の足元に供えた。
目を閉じて手を合わせると、心のわだかまりから解き放たれたような気がした。
──50年後。
あの日の出来事を今でも鮮明に覚えている。
俺の人生を変えることになった、雨の日。
全てを社会のせいにし、がんじがらめにされていた思考を解き放ってくれた裁きの石。
その石のおかげで俺は見事に立ち直り、生きることに希望を持てたのだ。
まずまずの成功を収め、そこそこの富を得ることもできた。
……だが、1つだけ気になっていることがあった。
思考を支配された挙句に意識が完全に途絶え、その後の記憶なしに自宅で朝を迎えたことは大した問題ではない。
ある種の催眠術に掛かっていたとでも考えればいいだろう。
それよりも……。
あのネオン輝く店の中に入り、ドアを閉め、店の奥へと振り向いてからだ。
真の暗闇の中、どこからともなくライターの音がして、赤く小さな光が見えた。
次に何の音もなく光のみが猛スピードで顔の数センチ手前で止まり、その後に穏やかな老人の足音が聞こえてきたのだ。
老人の顔が浮かび上がったとき、老人は確かにライターを持っていたのである。
状況が状況だけに気づくのが遅かった。
あんな暗闇の状況下で老人は何かしらのトリックを使っていたのだ。
その謎を解くべく、俺は全財産をつぎ込んであの土地を買い、石の地下道、封印の部屋、闇の店内、ネオンの店構えを再現した。
そして闇が広がる店内でただ1人、迷い込んでくる客をじっと待った。
外で急に雨が降り出した。
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